暖かい日陰に

 店には出していないが、漫画も少しだけ在庫がある。多いのは漫画関係の評論や同人誌、雑誌などでこれはまたかなり偏っている。単行本や貸本なども少しだけ持っているが、これらは資料的なものである。後は全て売り払ってしまった。小さい頃から漫画を読んで育ってきたので、実は結構な数をこなしてきているのである。そして最近も気になる作品は読み続けているのだ。

 つい最近も、青林工藝舎から出された「暖かい日陰に」という本を買って読んだ。作者は神村篤。あまり知られていない漫画家だと思う。最初の作品が2012年に「アックス」という雑誌に入選作として掲載された時に、面白いと思って切り取っておいた。その後、同誌に年2~3回程度作品が掲載され読んでいた。経過から他の雑誌などには載っていないと思われる。そして今回、初めての単行本が発行された訳だが、それでも読んでいない作品が含まれていたのでこれは嬉しかった。

 この本に納められているのは8作品、どれもなかなかの佳作である。しかし、やはり一番は最初に掲載された表題の作品である。内容は近未来の社会をテーマにして、人間の持つ感情的な部分をロボットが持ってしまい、自らを制御不能にしてしまうという設定である。有名な「鉄腕アトム」でも同様だが、ロボットは人間によって管理される存在であり、反抗したり抵抗できないように作られている。しかし、管理する人間がロボットに対して抱く感情がロボットに理解されないことにより、ロボットが故障してしまい自傷行為を起こすという事件が起こる。また、管理者の意志を忠実に実行する段階で人間的な部分を共有してしまうことが起こったりと、結構複雑な展開になっているのだ。私が一番気に入っているのはロボットが自分の管理者であった人間の思い出せない詩を思い出し、その内容に何故か魅かれるという所である。たかが漫画ではあるが、作者は小説家のようにこの作品を組み立て、やさしい絵柄で描き出しているのである。

 他の作品を読んでもわかるのだが、内容的には自分の体験を下敷きにして書かれており、高野悦子の「二十歳の原点」やヘッセの「車輪の下」などを中に引用するなど、文学的な香りも散りばめられながら描かれている。「暖かい日陰に」というのは作中に出てくるの詩のタイトルでもあり、作者が高校生の時に作りかけ、今回作品を描いた44歳になって完成させたというエピソードも実にいいお話ではないか。事実それまで漫画を描くこともなく一般企業で働いて、たまに油絵を描いていただけというのも信じられない位に味のある絵である。こんなペースで時間配分された生き方は実に羨ましい。もっともっと時間をかけて描かれた、このデビュー作を超えた作品を読んでみたい。