08日 3月 2024
小さな古本屋で週の半分しか開いていない店ですが買い取りも行っています。最近はネットでの販売が主流のようになっている業界ですが一番の課題は仕入れになります。本が無ければ売ることも出来ません。どうやって仕入れるのかどこの店も色々と考えているようです。昔と違って今はお客さんもネットで本を買っているので相場も知っています。良い本を安く仕入れたいと思ってもそんな上手い話はありません。店での買い取りは基本的には持ち込みをお願いしたいと思います。昨年車の運転免許を返納したので買い取りに行くのが困難です。どうしても引き取りに来て貰いたいという事なら知り合いを通じて対応しますので相談ください。
10日 2月 2024
昔勤めていた会社の転勤で静岡に移動になったことが有る。ある時仕事に行かずそのまま映画を見に行ってしまったことが有った。その時見た映画がこれである。「おかしな関係 絶体絶命」。出演はジャック・レモンで同様のシリーズが何本か作られていた。コメディ風の映画だったが中に出てくるアニメの内容が良くてビデオを買っておいた。アニメの内容は戦争の悲惨さと人間のすばらしさを簡単に紹介した数分のものだった。これを新しく家族になる少女に見せるのだ。そして少女は感想を求められて「分かった様な気がするわ」と言うのだが。このアニメが良くて買ったのにVHSビデオなので見ることが出来なきなってしまったのだ。DVDでは製作されていないのでそのまま持っていたが残念ながら今は手元にはなくなってしまった。もう年取ってしまったので見ることも無いだろう。最近こんな昔の想い出を断捨離することが多くなった。映画の公開は1973年のことである。
25日 11月 2023
先日近くにある古民家カフェに出かけた。最近家族はこういったカフェでお茶を飲むのが好きなようで私といった後に知り合いたちともう一度出かけるのだ。要するに今回は下見のようなものである。家に引き籠っているよりあちこち出かけてみる方が気持ちも良いだろう。そう思ってそんなカフェが載っている本を見つけたので買ってきたのだ。それを見て時々出かけているようだ。今回は私の休みに合わせて一緒に出掛けることになったという訳である。以前にもこの近くにある古民家カフェに行ったことがある。今回はその店よりさらに奥まった所にあったが看板が見つけられずに一度通り過ぎてしまった。何とか探してたどり着いて駐車場もわかってやっと店まで坂道を登っていくと既に先客があった。折角なので相席をお願いして席に座って様子を見ていたが店主一人で切り盛りしているので時間がかかるようだった。メニューを貰ったがその説明を聞く所から始まった。どうも拘りがあるようなのでこちらもじっくりとメニューを睨んで悩んでしまった。しかし内容はコーヒーはアイスのみで種類も二つしか無い。軽食もワッフルだけでそれも二つしか無い。隣に座っているお客さんが頼んだものを頼むか別のものを頼むか悩みながら別のものにした。様子をみていると隣のお客さんにも同様で食べるときはこうして下さいと言うのである。コーヒーもシロップを入れるのをお勧めしますと言う。折角のこだわりのコーヒーなのに甘いシロップやミルクを勧めるのだ。どこの段階で帰ろうかとずっと悩みながらもゆっくりと味わいながら飲み食べて隣りのお客さんが帰った時に一緒に帰ることにした。メニューの説明、注文の説明、食べ方の説明ととても丁寧な接客ですっかり疲れてしまった。やはり山の中で古民家を改良してお洒落なカフェをやっている人には何らかの拘りがあるものだと納得する。
08日 10月 2023
今年の夏は7月から9月迄本当に暑かった。昨年はどうだったかと思い出しても確かに暑かったとは思うがこんなに長かったかとは思わない。年々季節は早く過ぎていくので一年中暑いような気がする。異常気象は色々な場面で現れて100年に一度のこととか言われても過去の記憶は全く無い。体が覚えている記憶も年々忘れていくので日々経験することはほとんど自分の経験したことの無いような事だ。しかし実際にはこの体が記憶していることは多いようである。最近読んだ本に「記憶する体」がある。いつものように何故この本を選んだのかは覚えていないのだが何かの記事か書評かであろう。そしてこの本が面白かった。以前に芥川賞を受賞した市川沙央氏の言葉にも驚いたが身体障碍者が体に持つ記憶についてこんなことが有るのかと驚いた。本は障碍者についてのインタビュー集なのだがそれぞれの障碍の中に持つ特異な感覚というものがあるという。この内容が凄いのだ。人間の体はこんな風になっているのかと言うのが当事者の感覚として述べられているのである。一例として全盲の人の感じる色の話がある。これがまた恐らくは個々人では全く違う色があるのだろうと推測できると思うと人間の体は本当に不思議に出来ていると思う。
09日 9月 2023
知り合いのブログで「現代詩ラ・メール」についての本が出ることを知ってネットで予約した。こんな本が出るのだなと思い懐かしい思いだった。読んでみると当時の編集者が書いた本だった。この人は全く知らないひとだったが創刊時に一年間ほど購読した記憶がある。しかし明らかに女性をターゲットにした雑誌でありその後は読むことも無くなった。内容からは当時の様子がよくわかりここには懐かしい名前が出てきた。今もあるだろう池袋西武のコミュニテイカレッジの詩の講座に通ったことがある。講師は吉原幸子氏で「ラ・メール」を創刊した詩人である。当時会社の組合活動で文学サークルに入って詩を書き始めていたのだ。そこでプロの詩人の講座を受講してみようと思ったのだ。だが日程と時間が合わなくて全く知らない吉原氏の講座に参加してみたという訳である。想像した以上にほとんど女性でそれでも男が数人いた。一期目が終わりもう一期続けたがこれも想像したようにリピーターがほとんどだった。それでも教室の内容やその後に喫茶店での話し合いも面白くて何度か参加していた。吉原氏が関わるイベントなどにも参加して知り合いも出来た。そんな中で生徒たちで同人誌を出すことになり「街角」という冊子を出した。そこには三冊目までは詩らしきものを出し記憶がある。その中に多く出てくるメンバーたちが今回の本にも登場しているという事なのだ。おそらく吉原氏を取り巻く女性陣の多くは同人誌から「ラ・メール」へと進んでいったのだろう。残念ながら中に書かれているように吉原氏は病気になり「ラ・メール」も廃刊になってしまった。知り合いになった何人かの人からは詩集を送って貰ったことなどもあって懐かしく思い出した。
27日 8月 2023
先日やってきたお客さんから今度ジンを出すのでそこに店の紹介をしたいと言う申し出があった。私はミニコミ誌と言った時代だったが、今はリトルプレスとかジンとか言うようだ。それぞれ内容は違うのだろうがよくわからない。持ってきたのは紙上での読書会の模様をまとめて掲載するものだった。そのテーマとなる本が梨木果歩さんの「西の魔女が死んだ」という本である。そう言えば読んだ記憶がある。以前お客さんが読み終えてしまったので差し上げますと持ってきた本である。その人は本の内容よりも中に出てくるおばあさんが住んでいる田舎の家が好みのようだった。そんな家に住んで自然の中での生活に憧れている風だった。あまり知らなかったが映画にもなったのだろうか。折角なので書店にて文庫本を買ってもう一度読んでみた。既に百一刷を超えていたので人気があるのだろう。 持ってきたジンの内容を読んでいたので若い人がこの本について色々な感想を持っていることがわかった。書き出しの文章がそのままタイトルになっている。13歳の女の子が主人公でその子の言葉で物語が進んでいく。不登校になりおばあさんの家に住むことにした女の子、その両親とおばあさんの家の隣りの住人位しか出て来ない話である。こんな小さい頃から人間関係で悩んでいるのはおかしな世の中だと思う。一行だけ不自然な表現を見たが読み易く確かに映画だともっと伝わりやすいのかも知れないと思った。
14日 7月 2023
終活という言葉に釣られて身近な所持品を結構処分してしまった。あまり着る機会のない洋服や使う事のない持ち物を捨ててしまったのだが案の定実際には困ることもない。古い写真なども捨ててしまった。今は記録媒体があるのでこれからはパソコンなどの中身も対象にしなくてはならないのかも知れない。先日古いパソコンの中に置いてある書類を移そうと思ったがどうしても出来なくて業者に連絡したが既にサービスの保証期間も過ぎていてどうしようもなかった。見られて困るようなものがある訳ではないが取り出すことが出来ないというのも困ってしまう。これはまだ解決していない。 自分が十代の時に仲間たちと同人誌を出していたことがあった。その中に書かれていた詩をメモしておいたのだが誰の作品なのかがよくわからなかった。しばらくしてそれは富岡多恵子氏の作品ではないかとわかったのだが詩集や全集などを見てもその作品は乗っていなかった。氏は既に小説の世界に移ってしまい新しい詩の中には当然ある筈もない。作品の一覧を見つけることが出来たので探してみたら一つだけこれではないかと思えるようなものがあった。それは1967年ころに出された何かのニュースの中に書かれた詩だったが見られないので確証はない。それを未だに探しているという事なのだ。同じようなものは他にもいくつかあってそれらを偶然にも見つけ出していく事が出来ればと思っている。つい最近も昔の記憶の中にあった作品を知り合いが紹介してくれて見つけることが出来た。記憶の中のものとはやはり少し違っていて自分の思い違いもあることが分かった。しかし長年の探し物が見つかったことによる喜びと安心感のようなものがあった。終活という作業の中にはこうしたことも含まれているのかも知れないと思った。これで思い残すことはないと言う訳ではなくまだほかにも気になったまま記憶の中にモヤモヤしたものはあるのだが。
23日 6月 2023
新聞の紹介記事を見て発売日を調べたら22日となっていた。生憎当日は本格的な雨だったが地方デパートの中にある書店に出かけた。芥川賞受賞作品とか有名な作家の新作とかになるとこの店ではいつも発売日に並んでいることが無くしばらくすると第二刷目の本が出てくるのである。本が売れないという昨今の状況からは都市部の大型書店に新刊が集中するのは仕方のない事なのかも知れない。いつもそんなことを経験していると早く読みたいと思う本は東京に行って買うことになる。折角近くに大型書店の系列店があるのにと歯がゆくなる。今回もそうなるだろうと思っていたのだが何と二冊も置いてあった。市川沙央「ハンチバック」である。文学界新人賞受賞作で芥川賞候補作なのに発行日一週間前に買えるという事で早速その場で購入し折角なのでその夜に読み終えてしまった。難病で車椅子生活をしながら執筆活動をしてきた作者の社会に挑戦するような内容に驚きながら読み終えた。私小説と読まれるだろうから家族には読まないでと言っていたそうだが読んでしまった父親としばらくは喧嘩状態になったという記事も読んだ。私は全体の内容よりも最初の部分に出てくる言葉に打ちのめされてしまった。最近乱読気味に色々な本を読んでいてこれでいいのだろうかと思っていたのだ。その部分を最後に紹介しておきたい。 私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、頁がめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、ーー5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。その特権性に気づかない「本好き」たちの無知な放漫さを憎んでいた。
03日 6月 2023
しばらくこの欄には書き込みが無かったのだが別の所で色々と書いているのでそれなりに情報の発信としてはやっている。それぞれに別の内容を書き分けているのでその内にはまた増えては行くと思う。この間に色々と慌ただしく騒がしくしていたのだ。それなのに実際はどんどんと歳を取って生活が小さくなっていっている。仕事を辞めると実社会との接点が無くなり近辺との付き合いだけが残っていく。それらは所謂近所付き合いであったり趣味的な付き合いであったりといった感じでしかなく無ければ無いで済ませられてしまうものだ。社会人としての果たすべき役割がないと自分の存在が小さく感じられるのである。このままどんどん先細りで何処にも出かけないで家の中だけで生活することになるのだろうかという事が最近の知り合いとの話によく出てくることである。全く先のことがわからないでどうなるのだろうと考えているのが今の現状だ。今日も実はそんなお客さんとの会話があった。
11日 2月 2023
2月25日(土)午後2時 坂戸市文化施設「オルモ」 中村哲氏の映画上映と石橋忠明氏の講演があります。...

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