2016年

9月

30日

また本の本

 相変わらず本の本が出され続けている。本を読む人はその周辺の関連本も読みたくなるようで色々な角度から書かれたものが出てくる。つい手を出してしまうが、手元から離れていくのも早い。以前にひとり出版社について紹介したが、その続編のような本が出ていたのでつい買ってしまった。この本もそのような出版社から出されていた。よく本が売れないと言われる言葉の中には現状のシステムについての問題が指摘されている。そしてここに登場する小さな出版社の多くが新しい本の売り方を提案しているのだ。同時になぜ売れない本をつくり続けなければならないのかと言う問題については、自分の作りたい本だけを出すために小さい出版社を営んでいることを示して見せるのだ。一番の問題は取次会社の在り方なのだが、それに対しても小さな流通会社を提案して実績を見せている。この本自体を出している出版社も含めて12の小さな出版社が出てくる。定年退職してから始める人や途中退職で始める人など経験は様々だが、自分たちの出したい本を小さな規模でじっくり作りたいと言うことは共通している。必ずしも共通している事ではないが一つだけ発見があった。何となくそうなのかなと思っていたのは、このような出版の在り方だけではなく若い人のライフスタイルが東日本の大地震以後に少し変わってきたのかなと言うことである。社会状況も厳しい現実があることも合わせて将来的な不安があるのだろうか。求められているのは普通の等身大の生活であり、安らぎや癒しのあるもののようだ。これは納得できるような気がする。筆者の本は以前にも読んだが文が読みやすくて内容もわかりやすい。まだまだ本関連の本が出されるのだろうか。

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2016年

9月

21日

切ない気持

 中村文則氏の本は何時か読んでみようと思って単行本で何冊か持っていたが、本を持ち歩いて読むために文庫本で探した。なかなか簡単には見つからなかったが、近所に新しく出来た書店に新装版が出ていたので購入して読むことになった。結果としては外出時などに読むことはなく家で読み終えてしまったのだが。案外早く読み終えて後には切ない感情が残った。この本を読む前に西加奈子氏の本も家にあったので読んでみたが、やはり同じような感じで読み終えた。題材が特殊なのか。現代は真面目に生きにくい時代なのだろうか。虐待についてはマスコミ報道で毎日のように信じられないような事件が伝えられているが、何故なのかその理由が理解できないこともある。心の奥の方まで見ることはできないので想像するしかないが、多くの人が日常的に傷つきながら生活しているとしたら何と悲しい時代なのだろうと思う。幼い時に受けた心の傷は成長過程で癒されることも無くその傷を広げていってしまうのだ。救われるのは本を読む主人公であることとラストにかすかな希望の光が見えることだろうか。同時に収録されている短編「蜘蛛の声」は作家としての執筆三作目だと言うことであるが、自分との心理的な対話が上手く表現されていて読後感が心地良い。

「土の中の子供」中村文則(新潮文庫)、「地下の鳩」西加奈子(文春文庫)

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2016年

9月

14日

記憶の限界

「コンビニ人間」を読んだ後に気になっていたので、もう一冊作品を読んでみたいと思っていた。今ならどこでも売っているだろうと思っていたのだが、文庫本はなかなか見当たらず、大きな書店に行った際にやっと買うことができた。何と今度は三島由紀夫賞受賞作品である。内容は団地で小学生から中学生へと育っていく少女の主として学校生活を描いたもので、それほど関心のある作品ではなかったが、読み始めたら引き込まれるものがあり、年齢や男女の違いはあっても納得するところもあった。

 しかし自分はもう小学校時代のことなど憶えていない、中学校も同様である。たどっていくと1020代など断片的にしか記憶が残っていない。恐ろしいことにはつい最近のことまであまり憶えていない。同じ本を二度買ってしまう程度の話ではなく全く残っていないのだ。嫌なことも楽しいことも無いということが残念で怖い。

 学校に於ける集団生活の中で自分の位置を確認しながら生きていくこと難しさなど、子どもたちはそんなことを考えながら日々悩んでいるのかと考えてしまう。集団の中に入れない者はそれだけで惨めな思いを抱いて生きていかなくてはならないとしたら、学校生活はつまらないものになってしまうだろう。この辺りの話は前回読んだ作品に共通するものだから、作者の中にある大きなテーマなのだろう。丁寧に真面目に創作に取り組んでいる姿勢が見えてくる。前回同様に絶賛するほど感動すると言うことはないが、そんな作品に向かう姿勢が見えて読ませるのかも知れない。とにかく先へと読み継がせる文章は気持ちいい。

 解説を書いているのは西加奈子氏である。こちらも評判の作家だが、実はまだ読んでいない。いま読書のペースが落ちているのですぐに次と言う訳にはいかないかもしれない。原因は視力の低下である。何となく焦点が合わないので肉眼で読んでいるのだが、例えて言えば80パーセント位の視力で見ている感じなのだ。従って読後が疲れてしまう。あと何冊位読めるのだろうか。読んでも忘れてしまって憶えていないのだろうか。

「しろいろの街の、その骨の体温の」村田沙耶香(朝日文庫)

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2016年

9月

01日

小冊子の魅力

 ミニコミ紙・誌が好きで集めてきた。最近よく見かけるフリーペーパーもつい貰ってきてしまう。全部を捨てないで持っている事はできないので気に入ったものだけを残しているが、さすがにもう置いておく必要もないので少しずつ処分している。これは「自然食通信」と言う季刊誌が廃刊してしまった後に出していたミニ通信である。出版社自体は今でも続いている。内容は本誌にも掲載されていた読者のコーナーとイベントの案内、簡単な特集記事で構成されている。廃刊となってからも読者からの手紙やイベントのお知らせが寄せられていたこと、また復刊の期待もあったのかもしれない。しかし、その後18年経った現在まで復刊はしていない。この雑誌には当地で活動している画家の丸木久子さんのイラストも掲載されていたのが懐かしい。内容的にはこれで十分売れると思うのだが、定期購読者を対象に発行されていたものである。残念ながらミニ通信は5号までしか出されなかった。ミニコミの特徴はこうして続かないことであり、それも集めて来た理由なのかもしれない。

 「自然食通信」本誌はたまに古本屋で見かけることがある。私も40年前に玄米を中心とした食事を始めてから、止めたりまた戻ったりを繰り返しているが、今はもうあまり食生活も気にしなくなってしまった。当時ショックだったのは屋久島に入り自然生活をおくっていたY氏の奥さんが癌で亡くなったことである。身近なところでは自然食品店を営んでいたK氏の奥さんも癌で亡くなっている。健康には気を使っている筈の人達が病気で亡くなっていくのは辛い。最近も健康雑誌が多く発行されているが、運動ではなくビジネス書である。買い取り書籍の中にその類の本がたくさん含まれていたので思い出した。「自然食通信ミニ通信」(自然食通信社)

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