2018年

7月

25日

忘れていくこと

 忘れていく病気というものは本当に怖いと思う。自分ももう昔のことはほとんど憶えていないし、何かを見て思い出すということも出来なくなってきた。先日は親戚の人が亡くなって式に出席したが、周りのほとんどの人が知っている筈なのに全くわからない状態だった。教えて貰ってこの人が誰でと言った所で何も思い出すこともなく他人と話しているような状態は変わらない。また自分の親の晩年はもうすっかり他人であった。元々他人ではあったが、その後にあった色々な思い出は何の意味もなく忘れられていた。自分の家族がわからないと言うことが現実になると自分の今までの生活が無かったかのようにも思えてくる。いつか故郷の実家に帰省した時に小さかった頃の写真を貰って帰ってきた。そこには確かに自分だという見たこともないような子どもが映っていた。今更このような写真が手元に戻ってきても記憶が戻らないのだから何の意味もない。さて、この著者の本はすでに何冊か読んでいる筈だが、いつも読んでは感心して驚いているような気がする。同じことに感動を繰り返しているのも忘れていくことによって得られる幸福だと思えばいいのだろうか。食の問題をわかりやすく解説してくれるので、すでに多くの事柄を学んでいる筈なのに同じことを繰り返しているのも恥ずかしいような気もする。今回五つの章に分かれており、その第五章は食と農業の再定義について書かれている。食べることをどう再定義するのかは理解できるが、システムとしての農業が常に国によって壊されていくのが残念なことだ。書かれている種子の問題は国の管理下に置かれるようになって、農業における種の保存の道筋も断たれていくのだ。「戦争と農業」藤原辰史(インターナショナル新書)
 

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2018年

7月

14日

災害を描くということ

 いつだったかもう忘れてしまったがこの人のテレビ番組を見た。外国で三年間をかけて公開で絵画を作成するというものだった。その描き方はペンでひたすら細かい作業をしていくもので、したがって完成まで三年間が費やされたのだ。おまけに途中で利き腕を痛めてしまい、逆の手で描いた時期もあるのだ。画集を探したがちょっと高くて手が出なかった。しばらくしたらこの本が出て附録で大判の写しが付いていた。それはたまたま家にあった表彰状の額に入れて折り目を伸ばしている。本の内容は一つの作品の描かれる経過と部分を解説したものである。いずれにしても三メートルと四メートルの画面上で極端に細かい描写を一つ一つ見ていくとそれはそれでまた色々な発見がある。三年をかけて作成し、最終的にこれで良しと判断する経過も映像では映し出されていた。とてもきれいな絵に描かれているのは津波に襲われる街と人だ。当然東日本大震災をテーマとした作品で、タイトルは「誕生」である。あまりにも細かいので部分ではわからないが新しい出発が見えてくる筈だ。「誕生が誕生するまで」池田学(青幻舎)

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2018年

7月

06日

本に関することば

 古本屋を沖縄で開店した女性のエッセイ集である。ジュンク堂を辞めて古本屋になったということだ。先日に来店した若者は逆に古本屋を辞めてジュンク堂に入ったと言って報告しに来てくれた。若い人が本の世界で生きていくということは何となく嬉しい話だ。帯には「気鋭のエッセイストが綴る珠玉のエッセイ集」と書かれている。この人の本はすでに三冊目なので文章のうまさと読みやすさは実感しているが、最近こんな感じの女性の書き手が増えているような気がする。文芸誌の受賞者も女性が多く見られるし、皆さん有能だ。それと若い人がやっている古本屋も増えている。色々な店を見て回っているが、皆さん本当に楽しんでやっているようで感心してしまう。内容は雑誌に連載されていたものを集めたらしく簡潔で読みやすい。それぞれの目のつけどころが新鮮だ。中ほどに「休みの日」という文章がある。著者の別の本の表紙に使われたという写真の話である。短い文章で今の店の日々の生活が鮮やかに書かれている。そしてラストが上手いなと思った。「市場のことば、本の声」宇田智子(晶文社)

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