2018年

12月

23日

いつも誰もいない場所に自分一人がいる

 これは作品の中に出てくる言葉であるがこの言葉が示すように彼女の作品は発表されてきている。ある意味では先駆者であり流行に左右されない作品を常に作り続けてきた。作品リストを見ると実に色々な所に描いているがわゆる恋愛物を中心とした少女漫画の枠に入らない作品をずっと描いてきている。絵柄も堅い感じで線も太く内容も雑誌の中では異質である。初めて樹村みのり作品を読んだのは1969年、雑誌「COM」に掲載された「おとうと」という作品である。それ以前には全く読んだ記憶がなく名前も聞いたことがない。そんな中で「おとうと」は強く印象に残って、その作品を切り取って保存していたことを覚えている。最後の弟の手紙の内容は当時高校生の私にはとても魅力的だった。その後、しばらくは古本屋に通い作品が載っている昔の雑誌を収集してほぼ一度は目を通すことができた。だが今回の作品は読んだことがなかった。

 作品は作者の全てではなく作者そのものではないのは当然でそこにはしたたかに計算され考え抜かれた物語が描かれているだけなのである。どれだけ作品を読み込んでもなかなか作者の本当の姿をそこから見つけることは難しい。にもかかわらず思わず作者の心情まで誤読してしまうような思いにとらわれたことがある。単純に楽しめればいいのかも知れないがつい意味を深読みしてみたりする。彼女の作品の多くには説明書きが入るのが特徴である。そのナレーションは主人公のものであったり、他者のものであったり、あるいは作者の説明であったりと複雑な構造になっている。掲載ページ数があんまり与えられなかったという関係で説明が多くなったという本人の言葉もある。またなぜ分かり切ったことを言葉で説明するのかという読者の質問に対して、自分はわかっていることをわざわざ言葉で説明しているのだと答えている。初期作品から共通しているのは日常生活の中で起こる様々な出来事を拾い上げて丁寧に説明していくことによって真実を描き出していく。その姿勢が作品を超えて読者へ向けて生きるとは何かという生真面目な問いかけとなっている。私たちが見つめようとしないものをあえて引き出して再現していくのである。樹村氏の年代には学生運動があり、当時当然その周辺にいたと言う。当時社会的正義感をもって強い関心を抱いていたということになる。そして大学卒業後に漫画家への道を歩き始める。女性が自分たちの視点で自分たちの主張を始めた時代にも遭遇し少女漫画の世界で自分の関心のある描きたいものを描いていくというスタイルを主張してきた。こういうことなんだよと一つずつ丁寧に表現してきたとこと困難な表現に取り組んでいることは評価していいのではないか。それにしても本当に信じられない位の偶然があるものだ。50年を経て探していた漫画雑誌がこうして見つかるものなのだ。「ともだち」樹村みのり(ミミデラックス初夏の号・講談社)

0 コメント

2018年

12月

16日

未解決事件を追う

 以前にも書いたことがあるが未解決事件について書かれた本が好きで店にも置いてある。冤罪事件や社会的事件の本も多い。萩原雄一氏の作品はネットでかなり高額で紹介されていたので時間がかかったが入手して読むことが出来た。今回の本もネットに投稿されたものを出版社が出した本らしい。経過を読んでそれなりの信憑性が見られるということだったので読んでみた。当時は社会的にも大きく取り上げられた現金強奪事件でモンタージュ写真が公開されたこともあり話題になった。だが結局この事件は時効になっていつの間にか忘れられてしまった筈である。その後に何冊かの本が出されて犯人らしい人物も浮かび上がっている。この本にもそれらの人物がまた出てくる。だが本を書いたのは全く違う人物だった。しかも自分が犯人だと言うので早速読んでみたのだが今更この本が売れるのだろうかという気にもなった。なかなか文章の書ける人らしいということがわかったので尚更と思うのだ。何で今更この事件を明らかにする必要があるのだろうかと思ったりもしたのである。名乗り出るのが目的ならば本を出版するよりも記者会見でもして社会的に明らかにしても良かったのかも知れない。「府中三億円事件を計画実行したのは私です」白田(ポプラ社)

0 コメント

2018年

12月

09日

孤独を生きること

 近くに大きな書店が出来たのでどんな本が売れているのか定期的に観察している。新刊はきちんと陳列されて週間ランキングまで作られているので参考にしている。不満なのは雑誌だが全体的に頑張っているのではないかと思っている。地方の街中の大型書店としてはそれなりに欲しい本が揃っているのだ。気になった新刊本は買って読む。そうして積み上げられている本がけっこうある。これはタイトルと表紙を見て衝動買いしたのだが買ってすぐに読んでしまった。表紙に書かれている通りの内容である。人と会うのが嫌になって森の中にひっそりと一人で暮らしていたが、生活は森の近くにある別荘地で泥棒をしてまかなっていたので逮捕されてその事実が発覚したということになった。獄中に訪ねた筆者がその経過をまとめた本である。上京してからひたすら働いてきた私も何回か単身で生活したことがある、生活を維持するためにも必死で働かなくてはならなかったのでそんな生活を楽しむことなどは考えなかった。それぞれの仕事が優先したので常に家族が一緒にくっついて暮してきたという感じはなくそれなりに一人の時間を持つことが出来たのだ。漫画家のつげ義春の作品に妻に内緒で仕事場と称して別の部屋を借りると言うものがあった。創作をするには良いかもしれない隠れ家的なものにあこがれることも理解できる。だがこの人は他人と会うことや話すことや社会生活を放棄してただ生きることを望んでいるのだ。もしかしたら現代社会にもこんなことがあるのかもしれないと思ってしまった。驚いたことは27年間の孤独な生活の中で一度も病気をしていないということだろう。だが目と歯が悪くなって眼鏡は諦めたという。その反動で聴覚と嗅覚が発達したのだという。目は元々悪かったようで歯は食事の好みが影響したようだ。「ある世捨て人の物語」マイケル・フィンケル(河出書房新社)

0 コメント