それにしても

 やっと読み終えたというのが感想だろうか。600ページを超える長編なのでそれなりに時間がかかった。それも小説ではなく評伝である。それにしても良く調べて書き続けたものだと感心する。参考文献一覧だけでも4ページを使っている。「死の棘」を書いた島尾敏雄の妻であり、作家でもあった島尾ミホを追った大作である。年末に何人もの人が今年の収穫としてこの本を取り上げていたので読んでみたいと思っていた。とても丹念に経過を辿って、丁寧に積木を組み上げるように書きあげられており、読みごたえのある一冊であった。

 全体の半分は二人が出会い、愛し合うようになった経過と戦中から戦後へと変わる当時の様子が描かれており、これもかなり詳細な記録となっている。後半では、作家としての活動を始めた島尾敏雄と表題にも書かれている「死の棘」が書かれる経過、そして愛人との関係や夫妻の生活を克明に追っている。精神を病み、故郷に帰って作家として生きる島尾ミホと、それを献身的に支える島尾敏雄の最後までを描きながら、それでも象徴的に使われる日記の内容は明らかにはならない。しかし文中に出てくる色々な人の発言や証言の中から、二人の思いや当時の様子を覗うと真実が少しずつ見えてくるような気がする。

 それにしてもよく書いたものだと思う。筆者の作品は「散るぞ悲しき」しか知らなかったので、女性にしては珍しい書き手だという印象があった。もう少し年配の人なのかと思っていたが、この機会に少し他の作品も読んでみようかと思っている。それにしてもと言うのは、読後感として何故いまさら「死の棘」の島尾ミホなのだろうかという疑問であるが、それだけのことである。余談だが、最後に島尾ミホの死を発見する孫のしまおまほは漫画家で一時期彼女が出ていた深夜のラジオ番組を良く聞いていた。コメントよりも彼女の笑い声が良かったのだが、それもただそれだけのこと。「狂うひと」梯久美子(新潮社)