言葉と力

 昨年の流行語大賞は何だったか覚えていないが、私が一番記憶しているのは「保育園落ちた、日本死ね」というものだった。そしてこの一連の報道をテレビで見ていた。文章はもう少し長いもので確か「一億総活躍社会って私活躍出来ないじゃないか」というのも書かれていたと思う。当時の国会でこの言葉を取り上げた野党の議員に対して、首相は「どこの誰ともわからない匿名のメールに対して言うことはない」と答弁した。与党のヤジもそういうものだった。次の日、国会前には「保育園落ちたのは私だ」というプラカードを掲げた女性たちが数は多くは無かったが集まっていた。さらに次の日、テレビでは与党の議員が「すみませんでした」と謝っていたのだ。そしてこの国会では保育園の待機児童の問題が争点になっていった。

 メールの匿名性については色々な意見がある。アメリカ大統領のツイッタ―に対して約束していた訪問を中止すると発表する国も何だか大人げないとも思える。ネット上でのやり取りで国際的な外交が行われているような現状は昔から比べるとすごい進歩した社会なのだろうかと疑問を感じる。

 件の当初のメールは発信者の怒りがこもっていたかのような少し汚い文章だった。しかし、「日本死ね」という端的な言葉には国の政策に対してのはっきりとした批判が出ていてわかりやすく伝わりやすいものだった。そして匿名批判に対して、次の言葉が「保育園落ちたのは私」だというものであり、それを行動で示したことが大きな意味を持つものだと思う。何万人ものデモではなく数人の女性のプラカードが国会を動かしていくことに感動した。