本を読むことと所有しないこと

  たまに近くにある古本のチェーン店を覗きに行く。最近は全体に価格が高くなっているのであまり買えないのだが、この店では一般的にどこにでもあるような本がきちんと揃っているので便利だ。それもきれいな本が多い。そんな訳でたまに寄ってみると何冊かは買ってくることになる。この本も手に取ってパラパラとめくっていたら中に世界文学リストという項目があり、作品一覧が掲載されていたので買ってしまった。本に関する本も面白くて割と簡単に読めるものが多いのでついつい買ってしまう。出版についての本や古本に関する本、色々な書店の本、書評や読書論、様々な切り口から次々と出されるのでかなりの量を持っていると思う。これは作家の本に関するエッセイをまとめたものだが、目次を見ているとつい引き込まれるような見出しが多く載っている。

  著者は学校を中退して高校や大学も卒業していないと言う。知識の元は祖父の蔵書を読むことだった。そして書店、出版社、古書店などに勤務してから作家となった。私が読んだのは有名な「車輪の下」位しか思いだせない。タイトルは「読書術」であり、本に関するエッセイなので読みやすいと思ったがかなり苦労してしまった。これほど真面目に本を読むことが大変な作業だとは考えていなかったからだろうか。記憶に残った部分を書いておきたい。大切な友人と接するように本を読めば本が心を開いてくれる。いくら良質な本を読んでも気晴らしのために読むのであればすぐに忘れてしまい貧しいままである。そのまま真似をすることは出来ないだろうが、新聞は本の危険な敵であるといって読んでいなかったようだ。その代わりにラジオは聞いていたと言う。過去から休むことなく本は創られ続けて増え続けている。読む数ではなくどう読むのかと言うことか。「ヘッセの読書術」ヘルマン・ヘッセ(草思社文庫)