覚えておきたいこと

 店のお客さんから色々な事を教えて貰う。こちらの持っている情報は少ないので教えられることの方が多いのだ。それでもお客さんの持っていないものを提供できると何となく嬉しくなる。詩集の好きなお客さんが来て知らなかったという詩人の作品をコピーして上げた事がある。私も知り合いの人からコピーして貰ったものである。もう実物は探しても入手できない可能性の方が高い。お客さんはその詩人の詩集を多く所有しているが作品は知らなかったという事で喜ばれた。その作品の感想は二人で共通するものだったのも嬉しい事だった。

 その作品は偶然に私の知り合いが送ってくれた同人誌に掲載されたものであつかましくも作品全体をコピーして貰えないかと頼んだものである。全文を読んで自分の若いころの事が思い出されて少し胸の中が苦しくなった。年齢的にも同じような人の生活がそこには書かれていて同じような思いになった時代の気分が何とも不思議な気がした。同時にその内容が悲しいものだったので自分も悲しい思いになったのだ。

 そのお客さんが来て詩人の新しい詩集が出版されていることを教えてくれた。私の持っていない詩集も再録されているというので早速注文した。店の休みの日に詩集は届いていたのでポストを確認しに出かけて家に持ち帰った。久しぶりに家で詩集を読んでいると最後に何と私の知り合いの書いた文章が紹介されていた。二人がどのような関係であったのかは分からないがお互いに書いた作品を通じて影響を受けていたようだ。知り合いの書いた文章はこれも自らの若いころの事を書いたものでやはり悲しい内容であった。私はこれも全文が読んでみたいと思って早速注文した。

 最近年齢のせいか若いころの様々な事柄が感傷的に思いだされる。今更何もできないのだが思い出すだけで心が揺れて震えてくるような気持になる事がある。その気持ちをどうにか書いておきたいとも思うが古い本を引っ張り出して整理したいと思ってもつい懐かしく読んでしまうように思い出すだけでそれ以上には形にならないでいる。「松下育男詩集」(思潮社)